わたしたちの身の回りには、たくさんの微生物が潜んでいます。代表的なのは、カビ、酵母、細菌。それらによって食品を腐らせる場合を「腐敗」、人々にとって役立つ作用をしてくれる場合を「発酵」と定義されています。ヨーグルトやお酒、味噌、納豆などは、微生物の働きによって生まれる発酵食品です。発酵することによって素材の旨味や香りを引き立たせるほか、人々の腸内環境を整える作用ももつことになり、わたしたちの食生活を豊かに、健康なものにしてくれます。
食品は「中性」の時最も細菌が増えやすく、「酸性」や「アルカリ性」だと増殖が少なくなるとされています。たとえば牛乳を乳酸菌で発酵させ、ヨーグルトに変える。すると牛乳に乳酸がつくられ、酸性になるため、空中の雑菌などが含まれる一般細菌が働きにくい環境になるのです。なお、清酒造りにも乳酸菌が使われる場合があります。乳酸菌を入れることで一般細菌が繁殖しづらくなるため、必要な酵母が発酵しやすい環境が整い、醸造しやすくするのです。
微生物は食品を保存させる一方で、腐らせる力も持っています。そのため食材を長持ちさせるためには、微生物が繁殖しづらい環境をつくるか、微生物を死滅させなければいけません。食材を煮沸したり、冷却したり、空気に触れさせないようにしたりなどさまざまな方法がありますが、もうひとつ有用なのが「微生物が利用できる水分を減らす」こと。魚や肉の80〜90%は水でできているため、干して乾物にするのも保存法のひとつ。同じ考えで、ジャムのように果物を砂糖で煮詰める「糖蔵」、肉の塩漬けのような「塩蔵」もあります。発酵食品の味噌もまた11〜13%は塩分のため、同様の保存力を持っています。卵や豆腐といった生鮮食品を味噌漬けすることで保存性を高め、さらに風味よく食べることができます。
腐敗や発酵の定義は、微生物の生育環境や性質を見極めてきた人々の知恵によるものです。乳酸菌のように、塩蔵しても生存できる微生物もあれば、カビ、酵母のように酸性でも繁殖しやすい微生物もあります。また、納豆は100℃で15分程度の煮沸では死なない強力な納豆菌を持っています。さらに納豆菌の働きによって、大豆にビタミンKや納豆キナーゼができるのも、よく知られていること。ただ殺菌するのではなく、発酵させることで菌と共存し、保存性を高め、美味しく食べられる。これが発酵食品の魅力であり、先人たちの探求が結実したものと言えるでしょう。
古くから知恵を積み重ねてきた塩蔵や糖蔵、発酵は、本来の保存法としてかなっていると言えます。しかし味噌や醤油には塩分が多く含まれており、近年では添加物を加え、減塩した食品も増えてきました。食物添加物による保存性もまた、我々の食生活には欠かせないものとなっています。大切なのは、いずれもバランスよく食べること。そこでおすすめなのが味噌汁。昆布や鰹からひいた出汁にはグルタミン酸とイノシン酸が含まれており、そこに発酵食品の味噌を溶かすことで、旨味も格段にあがります。野菜や肉、魚を具材に入れることで栄養価も高まり、味わいも豊かに。古来より発酵食品はわたしたちの食生活に欠かせない料理なのです。